The Working Dead – ハバタクグループ起業のきっかけ(1)

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最近よく「なんでIBMを辞めてわざわざ起業したんですか?」と聞かれるようになりました。今回はこれについて書いてみようと思います。少し長くなりそうなので数回に分けて大公開します!

私は2007年に東大の大学院からIBM(当時はIBCSという別会社でした)のコンサル職として入社し、3年半在籍してから起業となりました。正直私は腰が重いほうなので「まあマネージャー職も経験したりして10年間は会社にいるかなー」などと考えていたのですが、ある出来事をきっかけに急速に起業へと舵を切ることになります。

それがリーマン・ショックでした。

当時私はただのペーペーの新人であり、仕事として大変だったのはもっと年次の上の方々だろうと思います。ただ新人には新人なりのショッキングな思い出だったのです。

 

そのとき社内で何が起こったか

金融危機の波がアメリカから押し寄せ、あっという間に日本市場も影響を受けました。コンサルという仕事は特に影響を受けやすかったようで、たくさんのプロジェクト*が緊急停止となり、当時2,000人弱いたIBCSのコンサルタントたちのかなりの人数が仕事にあぶれるという異常事態になりました。

 

*コンサル業界においてはすべての仕事は「プロジェクト」という単位で行われます。大雑把にいえばプロジェクトが小さな会社みたいなものであり、プロジェクトマネージャーと呼ばれるポジションの人が小さな社長となって予算や人事について采配をふるいます。プロジェクトに所属していない期間のコンサルタントは”available”という状態となり、よく言えば休暇、悪く言えば社内失業という立場になります。

 

そんな事態のなか、私が何をしていたかというと…同期と飲み歩いていました。私自身は幸いにプロジェクトから外されることはありませんでしたが、一番極端だったときには全体の7-8割の同期がavailableとなり、みんなが不安がって情報交換を求めていました。お給料に響くというのもあったかもしれませんが、「自分はどこにも必要とされていないのではないか」という恐怖が蔓延していた気がします。

昼間からオフィスを出てハンバーガーとビールを喰らう会@本郷FireHouse。店外のベンチに座りながら同期といろいろな話をしました。

その不安なり恐怖なり怒りなりの矛先がどこに向いていたかというと、当然会社でした。でも、その会社のなかで私はいまでも忘れない光景を見てしまったのです。

 

静かな危機の風景

予備知識として先に言っておくと、コンサルティング会社のオフィスは固定席がないことが多いです。なぜならば平時であれば多くのコンサルタントはお客様先に出勤するからです。私の聞いたところでは、全社員の人数の20%ほどしか自社には席を用意しないとのことでした。

それが、このリーマン・ショックでどのように変化したか。前述のようにavailable状態が勃発したため大量の社員が丸ビルの自社オフィスに戻ってきてしまいました。しかし全社員分の席は当然ない。座りたくても座れない。かといってオフィスを離れたくもない(仕事が欲しい)。結果として、ややうつろな目で空席を求めるコンサルタントが永遠にさまよい続ける、ゾンビ映画のような風景が登場したのです。

私は The Walking Dead のファンです。特にゾンビ好きというわけではありませんが。

私がショックを受けたのは主に3点でした。

  • 誰もしゃべろうとしない。多くの人は同じ状況なのだから、不安をシェアしたり役立つ情報を交換したり、雰囲気を明るくしようとギャグをかましたり、なぜしないのだろうか。
  • みんな会社に期待するばかりで、自分でなんとかしようとはしていない。私が知る限り当時のIBCSの方々は超優秀であったにも関わらず、自分で状況を打破しようとしない。なぜなのか。
  • 一方で会社のほうの動き。IBMは世界最強クラスのガバナンスをもつ企業であり、人員整理のタイミングも超早かった。日本で人を減らす代わりに大量に登用していたのが中国とインドのメンバーだった。新興国のパワーが目に見えてやってきた。

もしこの状況がずっと続いたら、この人達はこのまま無表情のままずぶずぶと沈んでいくつもりなのだろうか…とやるせない感情が沸き起こったのを覚えています。

注:上記はあくまでも狭い私の視野で見えたモノと感じたコトであり、あくまで個人的な見解です。もちろん当時の会社内では状況を打破しようとたくさんの方が動かれていたと思います。この記事の目的は私がいかに若気の至りで起業のきっかけを掴んだかを書くため、ということでご了承ください。

そこから、ハバタクの創業メンバーである丑田俊輔と小原祥嵩との夜な夜なの会談が始まりました。といっても自分たちでも何を話せばいいのか分からず、ただやるせない感情を言葉にしてみたり、新しいビジネスのアイデアを何十と出してみたりしたものの、それが何に繋がるかは分からない。ハバタクの根幹のテーマである「教育」にたどり着くまではもう少し時間がかかりました。

 

(続きます!)

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